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コピーライターの枠をこえて

安田健一さん(クリエイティブディレクター/コピーライター)

 

 

これまで、世界を変えるデザイン展の来場者の方を追いかけてきたこの企画ですが、

「実際にデザイン展の制作に関わった実行委員会の中の人物にも、デザイン展の後、

自身の中でまた周囲でどんな変化があったのか、話を聞いてみよう」と、

白羽の矢が立ったのが、デザイン展のコピーをつくってくださった安田さん。

現在の活動から、デザイン展参画の経緯、制作秘話にまで、話はさかのぼりました。

 

 

世界を変えるデザイン展の制作秘話

 

安田さんがデザイン展に関わった経緯を教えてください。

僕は2010年の3月からフリーとして働きはじめています。その1ヶ月前くらいかな。デザイン展実行委員長の本村君がこの展覧会の企画を持ってきて、「安田さん、こういうのやるんです!で、安田さんには、ここと、ここをやってもらって…」と、いつの間にか自分が参画することになっていた(笑)。実は本村君とはそれ以前に、彼がグランマを創業する前に働いていた会社で顔を合わせていました。本村君の上司の人たちと打ち合わせをしているところを、彼が「安田さんと話がしたいです!」と前のめりに声をかけてくれて。まったく、彼のテンションは外国人でしたね(笑)。

 

実際に安田さんが任された役割というのはどういったことだったのですか?

最初は、プロダクトの情報が50〜60くらいあって、「これ(が展示するプロダクト)です!」というだけの状態。それらのプロダクトが、どんな特徴があって、なぜ「世界を変える」なのか、さっぱりわからない状態でした。これはどう見せようかと考え、まずはプロダクトを分類していくことにしました。「水を浄化するためにつくられたこのプロダクトは「水」の分類。太陽光を活用するこれは、「エネルギー」の分類」といった具合です。機能を分類することで、どんな問題を解決するためのプロダクトなのかを伝わりやすくしようとしたのです。

 

 

とにかくプロダクトの情報のみがあって、果たしてこれをどう理解すべきかと。

そうですね。そうやってプロダクトを分類した後に、キャプションの制作に取りかかりました。僕がこの企画で絶対にこれだけはしたくない、と思っていたのはお客さんに「可哀想」という気持ちを抱かせることです。僕は、BoPと呼ばれるこの領域に、日本企業やデザイナーが一歩踏み出すためのチャンスをつくりたかった。だから、「可哀想」と思ってもらうような演出は絶対にやりたくなかったし、だからこそキャプションには、プロダクトの機能について正確に書いたんです。

 

なるほど。たしかにあのキャプションの説明書きは、淡々と記されていましたよね。

ええ。あとは、キャプションには説明書きだけではなく、ピクトグラムをあわせての説明にしたらどうかと提案しました。「この状態が、こうすることで、こう変わる」と3段階くらいで、一目そのピクトを見ればプロダクトの機能がわかるものを、デザイナーの河原健人さんにつくってもらいました。コピーの世界でも、基本的に広告用の文章というのは積極的には「読まれない」ものです。街の中にあふれるコピーはだいたいそう。デザイン展は、お客さんが何かを得ようとして見に来てくださっているのである程度「読んでくれる」前提はありましたが、パッと見ただけで理解できるような導線をつくる必要があると思い、ピクトグラムとの組み合わせで製作しました。

 

 

 

 

 

制作する上で、他に気をつけていたことはありますか?

もう一つ、これはちゃんとしないと、と思ったのは、会場に来て下さった人にしっかりと現地の状況と、正確な情報を伝えることです。当展示会の来場者の方は、きっと言葉あそびなんて求めていない。プロダクトについての正確で丁寧な情報を、ちゃんと伝えることが、僕の役目だと思っていました。例えば、キャプションの説明を書いているときに、実行委員のリサーチ部隊からとどいたプロダクトの情報に、「これはちょっとウソっぽいぞ」というものがあったら、一つ一つ、「これって本当?」と確認していきました。Webにあがっている情報も不確かな情報であることがたくさんあります。それをしっかりと見極めて正確な情報を抽出することを心がけました。

 

 

デザイン展を見に来た人たちの反応

 

 

 

デザイン展を見に来て下さった周りの人の声って、どんな感じでしたでしょうか?

そうだねえ…ここでの場なのではっきりと言うけれど、「つづけることが当たり前」という認識だよね、周りの人たちは。1回きりでやめてほしくない、と思ってくれている人は、周りにたくさんいますよ。「そういえば安田さん、デザイン展ってその後どうなってるの?」ってたずねられることは本当に多い。だから、実行委員会として発信しつづけていくことは重要だと思いますね。

 

具体的に、どんな人がそうやって気にかけてくれているのでしょう?

僕といっしょに仕事をしているデザイナーの人たちとか、あとは「祈りのツリー」というプロジェクトの発起人である福島治さんは、「デザイン展、感動したよ!」と興奮気味に声をかけてくれて。現在も、被災地支援のプロジェクトでたくさんのクリエイターを集って活動しているそうです。 僕自身も被災地支援関係のプロジェクトに呼ばれたりしています。「安田さん、そっち(ソーシャルデザイン等の文脈)の人だよね」という感じでお声がけいただくことも多くて。

 

ご自分ではそのような捉えられ方をどう思われているんですか?

もちろん、それはうれしいことですよ。僕はがっつり商業的なブランディングなどのプロジェクトもやっているし、一方でソーシャルの文脈もやっている。両輪をまわしている感じです。

 

 

コピーライターの枠をこえて仕事をする

 

 

最近、印象深いプロジェクトはありましたか?

沖縄のサンゴを守ろう、というWWFの企画で「月桃」という海洋生物を原料につくられた部屋のにおい消しスプレーの製品企画があったんです。製品自体は既にあって、そのリデザインを任されました。まず製品名がもともと「月桃」の沖縄での呼び名がつけられていたんですけど、その製品の販売ターゲットが沖縄への観光客だったので、もっとわかりやすい名前にしようと「月桃ルームデオドランド」に変更しました。また、これは空港で販売されるものなので、空港で売られている商品の価格帯や見栄えを調査して、当初やや高めの料金設定だったところを低く再設定したり、製品全体のブランディングと販売戦略をたてたんです。いざ、売り出してみたら初日で約20個以上売れたので、この手の製品の売れ行きにしてはなかなか上々、という結果でした。

 

安田さん、コピーライターと思っていたのですが、そんなことまでやっているですね。

モノまでつくっちゃうのは今回が初めてでした。肩書きとしては、クリエイティブディレクター/コピーライターとしてやっていますが、「ここまでやっちゃっていいじゃない!」という前向きな図々しさを周りのひとたちにも伝えたかった、というのはありますね。また、デザイン展の話に戻すと、会場に来てくれた周りのデザイナーたちは「その後、あれらの課題を解決するプロダクトって生まれたんですか?」という問いを投げかけてくるので、やっぱりモノまでつくる、というところまでやろうという意識は高まりましたね。デザイン展もね、小さくていいからモノをつくって、そのパイロットプロジェクトを知った人たちに、どんどん「私も、僕も」とマネしてもらうのがいいと思うんですよ。1個でもモノが出来ただけで、人の見る目は変わりますからね。

 

どうすればデザイナーの人たちがこういった文脈にもっと関わってきて下さると思いますか?

それは、大きな課題ですよね。僕もデザイン展期間中、知り合いのデザイナーをたくさん会場に連れてきて、自分の口で説明しました。でも、見てもらうだけじゃ変わらない、と思いましたね。 何を解決すればいいか、という課題設定の部分がしっかり設けられているなら、やるよ、というデザイナーはたくさんいると思います。僕からしたら、もっと積極的にやっちゃおうぜ!とも思うんだけどね。

 

やっぱり、安田さんも、世界を変えようとしているんですね(笑)。

先日、僕が京都の広告塾で課題に出したタイトルは「広告をはみ出そう」(笑)。広告コミュニケーションは大好きだけど、既存のメディアや、決まりきった枠にはまって仕事するんじゃなくて、自分も実行部隊としてコトを動かしていこうよ、というメッセージを投げかけたつもりなんです。

 

 

コピーライターという肩書きの枠にとらわれず、モノづくりまでやっちゃおうよ!と話す安田さん。世界を変えるデザイン展にはたくさんのデザイナーの友人を連れてきてくださったと同時に、「見せるだけでは変わらない」という気づきも生まれたと言います。世界を変えるデザイン展は、クリエイティブを提供する仕事を行う安田さんにとって、世界を変えるアクター・当事者としての意識を高める1つのきっかけとなってくれたようです。

 

取材・テキスト:世界を変えるデザイン展実行委員会

撮影:望月小夜加